【体験記その1】これから面会交流を始める監護親・非監護親のみなさんへ
私は非監護親としてアイエムアイを介し数年前から面会交流を行っています。 今回北川理事長さんから今までの経験を伝えて欲しいと言われ、相手方がいることでもあり、これまでの面会交流はとても順調とは言い難く悩みましたが、皆さんの中にも昔の自分と同じように不安を抱え悩んでいる方がいて、少しでも気持ちが落ち着く手助けになればと思い、恥ずかしながら私の経験をお伝えします。
私は非監護親ですので、正直監護親の気持ちはよく分かりませんし、同じ非監護親でも状況は人それぞれだと思います。そのため私の個人的な経験や考えを不快に思われることがあるかも知れません。出来るだけ配慮してお伝えしようと思いますが、一つの事例として読んでいただけたら幸いです。
私と同じように今まで子供と毎日一緒に過ごし、ご飯を食べお風呂に入り寝顔を見ていたのに、会う回数や時間を決められ、相談する人もいない(今でも)、離婚関連の本を読んでも非監護親の希望になるものは少なく、当時はなるなる面会通信もなく、他の人達がどのように面会交流を行っているかわからずに、先が見えず真っ暗闇でどこに向かえば良いか分からなくなっている方もいるのではと思います。一方で監護親の方たちも幼い子供を連れ、今後の生活に不安を抱え、先を考える余裕もないのではと思います。
そのような状態で取り決めた面会交流は恐らくお互いが納得した内容ではなく、少し前まで毎日子供と一緒にいたのに何故自由に会えないと考える非監護親と、相手とは二度と会いたくないし子供も会わせたくないと思っているかもしれない監護親との意見が合うのは難しいことだと思います。
それでも監護親の方たちは子供の幸せを第一に考え、離れて暮らす非監護親からも愛情を受けて欲しいとの気持ちがあるため、不安な中で第三者を介してでも面会交流を実施してくれていると思います。
私は当初親権の決定を受け入れられず、子供に会いたい一心でその言葉の意味もよくわからないまま面会交流を始めました。
私の場合調停で話し合いを行いましたが、調停委員の方から「会えるだけマシでしょ」「子供が小さいのに長い時間会えるわけない」と、一緒に暮らしていた頃は一人で子供と長時間出かけ、育児を行うことも多かったのですが、個別に判断されることもない結果に当時の私としては不満が残りました。
離婚にかかわる話し合いは条件闘争的なものが多く、当時の私は相手方が面会交流以外の約束が守られていないことや、まともに話し合いすら出来ない状況から相手を責めることも多かったと思います。きっとそのような私の対応により、相手方は離婚後さらに不信感を募らせていたと思います。
そんな中で第三者を介することは、一定の距離を保つことで冷静になれましたし、アイエムアイのスタッフさんを通じた連絡は、感情的にならず必要最小限の内容で済むことから、不信感を増すことは無かったと思います。そのため相手方も嫌な気持ちにならず子供のためと割り切って送り出せることで結果的に子供のためになったと思います。
さらにお互い安易な理由でのドタキャンを抑止する心理的効果もあると思います。
幸いなことに子供は私のことを変わらず好きでいてくれて、毎回面会交流を楽しみにしてくれていますが、当初先の見えない焦りや不満から、気持ちの整理がつかず面会交流後は複雑な心境で毎回涙を流して帰っていました。
面会交流は子供のためのもので、何よりも子供のためになることを最優先しようと考えられたのは、離婚から随分時間が経っていたと思います。そして前向きに面会交流の内容を子供の成長に合わせ少しずつでも変えてもらおうと考え、相手方にも子供のために面会交流は必要だと思ってもらうことが大切で、そのためには信頼回復が必須だと考えました。
ただ、実際に信頼回復したくても相手方と会うことも話す機会もないため、出来ることは誠実に面会交流を重ねるしかありませんでした。逆に面会交流で不信感を持たれることは簡単ですから、時間を守る、スタッフの方と挨拶をするなどの社会人の基本のようなものは徹底しました。何より自分も気持ちよく利用したいですし、外出先の候補や子供への接し方など相談相手として頼りたいことも多いため、次回の外出先や今日何をして遊んだか、食事や子供の体調など細かく伝え、今ではちょっとしたことでも相談できる仲のスタッフさんもいます。そうすることで相手方との齟齬をなくし、面会交流時にトラブルがあった場合にも協力やフォローを受けやすい環境を作り、不信感を持たれない対応に繋がるのではと考えます。
子供と会い続けることを最優先と考えると、それ以外のことを相手が多少守ってもらえなくても、後で取り返しがきくものはすぐに責めることをしないようになりました。
もちろん約束は守って頂きたいですが、子供と会うこと以上に大事なことはありません。いずれ子供が成長したら、直接自由に交流が出来るでしょうし、関係が良好であれば自分が死ぬまで交流は続くものだと思います。当時は先が見えず子育てまでの十数年が重要だと思っていましたが、今は子供が大人になっても親子の交流が続くと期待できるようになりました。
実際に子供が成長するなかで適宜話し合いに応じてもらい、最初はなるなるの木で数時間会うだけでしたが、今では外出し年に1度外泊も認めて頂きました。
子供と遊ぶ際は男親として出来ることはないか考えるようにしています。今はコロナもあり友達と遊ぶ機会も少ないのか、自分の小さい頃のような外遊びの経験も少ないようで、子供の要望以外にも、こちらから提案して体験したことのない事をして、子供の世界を広げています。思い切り遊び面会の最後には言葉で離れていても想っていることを伝えています。
また、子供に日々のことはあまり聞きません。相手方のことを詮索していると疑われても嫌ですし、自分が小さな頃たまに会う大人から「学校楽しい?」などと聞かれ答えに困った記憶があります。子供からすると祖父母や親せき程度の回数しか会えず、興味のない事は何を聞いても答えてもらえません。逆に興味のあることは延々と話してくれるので、それを興味深く聞いています。今でも子供との接し方は悩みますが、きっと一緒に暮らしていても同じなので子供と会っていく中で考えようと思います。
子供の成長はとても早く、驚くほど色々なことを理解しています。子供の方が私より大人だと感じることも多く、以前外泊の話をした際に子供から「ママから「○○がいないと泣いちゃう」と言われたけど、気持ち良く行かせないために言ってるんだ」と言われ、なんて大人なんだと驚いて笑ってしまいました。私は「でもちゃんと外泊させてくれるからありがたいね」と伝えると「まあね」と返されました。
私も無意識に相手方のことを悪く言ってしまってないかハッとしますし(相手方のことは聞かない話さないを心掛けています)、子供も親の板挟みにあって気を遣うことがないか考えてしまいます。子供は誰ものでもなく独立した人間だと意識します。
子供が話してくれることの中で、相手方が子供へ私の事をウソや酷く説明することもあるようですが、きっと自分も監護親として暮らしていたら冗談ぽく似たようなことを子供に言ってしまうなと思い、相手も我慢しながらでも一度もドタキャンすることなく子供を面会交流に送り出してくれているんだしと苦笑いしつつ感謝しています。
離婚後の私の経験が良いと思っていませんし、離婚後まで相手を苦しめたことはとても反省しています。今は慣れているでしょうが子供も急に第三者を介して親に会うことは困惑したと思います。そんな私の経験からでも、誰かの気持ちを静めたり失敗が回避され、少しでも多くの子供達の幸せに繋がればと思います。
離婚前後に渡り相手を傷つけてしまい、今でも憎まれていると思います。それでも相手方は幼い子供を育てながら面会交流を続け、成長に応じ内容を見直してくれました。子供のことを第一に考えてくれているのは子供を通じて分かりますし、本当に感謝しています。その気持ちに応えるためにも私は誠実に面会交流を行っていくしかないと思います。
何より子供はしなくてもいい嫌な思いを沢山させてしまい、それでも毎回楽しみに会ってもらえることを感謝し、離れていても愛情を沢山受け安心して成長できるように、私も子供のことを第一に考えていこうと思います。